大瀧詠一とフィル・スペクター

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日本語Rockの創世記から活躍した、大瀧詠一というミュージシャンがいる。アルバム「A LONG VACATION」と言えば、思い出す人もいるかもしれない。
彼がメジャーシーンで活躍したのは1980年代の前半のみで、1985年以降は殆どめぼしい活躍はない。
しかしこの短い間に彼が制作した
A LONG VACATION
風立ちぬ」(松田聖子・A面プロデュース)
NIAGARA TRIANGLE Vol.2」(佐野元春・杉真理との共作)
EACH TIME
等の作品は、今日聴いても特異な輝きを放っている。

彼の作品は、フィル・スペクター(Phil Spector)の影響を抜きにしては語れない。
フィル・スペクターは1960年初期に活躍したレコーディング・プロデューサーで、ロネッツクリスタルズライチャス・ブラザーズらをヒットさせた。
ロネッツの「Be My Baby」を聴けば、知っているいる人も多いと思う。
スペクター・サウンドの特徴は、厚みのある音作りと独特のエコー処理である。
当時はモノラルからステレオへの移行期で、彼は少ないトラック数で音に厚みを付けるため、一度に大勢のミュージシャンを集めてレコーディングを行ったと言われている。
トラック数が少ないため音の分離は悪いが、その事が逆に大きな特徴となっていた。さらに、ヴォーカル、楽器を問わずエコーをかけたので、奥行きと厚みのある、非常に個性的なサウンドであった。
しかし、この「Wall Of Sound」と言われる彼の音作りは、レコードのステレオ化が進むに従って、再現が難しくなって来た。
スペクター自身とて、その例外ではない。

後に彼はビートルズの「Let It Be」やJohn Lennonのソロでプロデュースを担当しているが、60年代初期スペクターサウンドの特徴を探し出すのは、難しい。
しかし60年代初期スペクターサウンドの、ポピュラー音楽への影響は大きく、彼のサウンドを再現しようという試みは、後を絶たなかった。
初期のモータウンサウンドしかり、ブライアン・ウイルソン(ビーチボーイズ)しかり、ニッキー・ライアン(ENYAのプロデューサー)しかり・・・

J-POP界も例外ではなく、彼の影響は計り知れない。2008年に企画された「音壁JAPAN」というコンピレーション・アルバムは、スペクター・サウンドに影響を受けたヒット曲が、如何に時代を超えて、広範囲に生み出されているかを物語るものであった。

中でも大瀧詠一のスペクター・サウンドへの執着は凄まじかった。
1970年代初期から福生に自前のスタジオを構え、自らのエンジニアリングによる試行錯誤を、執拗に繰り返していた。
その課程は自身のソロアルバムやシリア・ポールの「夢で逢えたら」等で聴く事が出来る。
こられの偏執狂的な試みが、ソニー移籍後に発表した「A LONG VACATION」で、大きく開花する事になる。ここで聴く事が出来る恐ろしくぶ厚くて、奥行きが深いサウンドは、正に60年代初期スペクター・サウンドのステレオ版が、ついに完成された姿であった。
ソニー移籍により、何が変わったのか。クレジットを見れば、理解する事が出来る。とにかく、起用ミュージシャンの数が多い。
多人数で同時に録音することにより、ぶ厚く、奥行きのある音を作り出しているのだ。
この傾向は次作「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」でさらに強まり、アコースティクギター10人、キーボード6人、パーカッション10人といった有様である。
ちなみにこのアルバムでのコラボは、佐野元春に強い影響を与える事になった。彼が後に発表したアルバム「SOMEDAY」には、大瀧やスペクターへの深い敬意が随所に感じられる。

大瀧の次作「EACH TIME」では、一層音は厚くなり、もはやスペクター・サウンドを超えたと言って良い完成度であった。

しかしこのアルバムを最後に、今日に至るまで彼のアルバムは全く制作されていない。

れはあくまで僕の憶測であるが、大量のミュージシャンを、長時間スタジオに拘束しなければにらない彼の音作りは、如何に天下のソニーと言えども、限度があったのであろう。(日本においては、ミュージシャンの人件費とスタジオの賃貸料が、制作費の大きな割合を占めている。)
ミリオンセラーとなり、以降数年間、夏になればチャート・インしていた「A LONG VACATION」でさえ、「利益が出ていない」という噂が流れていた程である。
時折流れてくる彼自身の発言からは、決して制作意欲が衰えたとは思えなかったので、残念で仕方がない。

2003年2月、フィル・スペクターが殺人の罪で逮捕された。昨年有罪判決が下され、最低でも19年間は服役しなければならないらしい。
一方の大瀧詠一も、引退同然の状態である。
しかし、かつてフィル・スペクターや大瀧詠一が作り出した作品達は、レコード芸術の頂点として永遠に滅びる事はなく、これからも複製され続けるて行く事だろう。

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